曽爾高原の歴史

地元の人々の努力によって守られた「ススキ」

曽爾高原のススキ日本300名山の一つ倶留尊山。この山から亀の背に似た亀山を結ぶ西麓に広がるのが曽爾高原です。曽爾高原はススキで一面に覆われた草原で、3月中旬に毎年山焼きが行われ、春から夏にかけては一面に青い絨毯が敷かれたような爽快な姿をみせます。秋にはススキの穂が日差しを浴びて銀色・金色に輝き、毎年たくさんの観光客が訪れます。
また、曽爾高原の中腹には「お亀伝説」が残るお亀池がり、湿原特有の稀少な植物を見る事が出来ます。
曽爾高原のススキは、昔から所在地区の屋根の材料として使われていましたが、トタンや瓦が普及したことにより年々使用が減っていきました。そのため昭和44年春には、杉などの植林が進められたそうです。しかし、村ではこの素晴らしい景観が杉山などに変わっていくことは忍びなく思い、約40haのススキの草原を奈良県に保護してもらうことになりました。その後、所在地区により、ススキ(多年草)以外の植物の成育を抑え、山焼きで発生した灰は肥料とする目的で毎年3月に山焼きが行われています。
こうした地元の人々の努力によって曽爾高原のススキは守られています。

お亀池

お亀池お亀池は亀山の中腹に位置しており、一説では火山の火口ではないかといわれています。周囲に噴火による火山灰の堆積がはっきりしないことから地質学的には特殊な侵食であると考えられています。お亀池に漂う水は、雨水と亀山からの僅かな伏流水によってたくわれられているようです。

高原のほぼ中央に位置し、数多くの伝説が残るお亀池。 昔、太良路に住む若者がお亀と言うみずみずしい美人の嫁をもらいましたが、産後、実家へ帰ってしまいました。こどもが夜泣きをするので、お亀に乳ををもらいに出かけたところ、お亀池までお亀がやってきて一度だけ乳を与えてくれました。また夜泣きをするので、乳をもらいに行くと、怒ったお亀が大蛇となり、このお亀池に現れたといいます。

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